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なぜ勉強をするのか

「どうして勉強しなきゃいけないの。学校の勉強なんて何かの役に立つの?」

という質問は、子供を持つ親が一度は問われる頻出問題だけれど、僕にとって模範解答と思えるものがあまり用意されていないので(はてなでもなんかたくさん答えている勉強大好きのみなさんがいるけれども)、最近ちょくちょく考える。

僕は理科や数学が好きで、たとえば高速道路で渋滞の先頭に達しても特になにもなくスルッと加速できてしまうような現象が、流体力学で近似的に説明できるんだろうなと納得できるし、マイナスイオンなんか嘘っぱちでトルマリンを高値で売りつけてくる連中は全員詐欺だと知ってるし、フィボナッチ数列が黄金比に近づいていくという事実の美しさに感動できたりする。

でも、じゃあそれが生活の役に立ってるのかといえば、たいして役には立ってないし、そのために勉強したなんてはずもない。

とりあえず一つの回答として、勉強とは学問をするための準備運動なのだというのを用意しておくことにする。

学問ってのはつまるところ「なんでそういうことになるのかな」とか「他にどういうものがあるのかな」とかっていう問いに対して自分が納得する答えを探す娯楽のことで、「なんで物は地面に落ちるのか」とか「なんで人は生きていくのか」とか「価値の交換をするにはどうしたらいいか」などの基本問題にはすでにずっと昔に僕よりずっと賢くて執念深い人たちが何百年もかけて答えを作り続けてきてる。

でも問いはどこまでいってもなくならなくて、「どうしたら紙飛行機は遠くへ飛ぶのか」「どうして第二名神高速をつくるのか」「どうしてお喋りするだけで何億も稼ぐことができるのか」とだんだん複雑になっていくときにもう一回何百年分繰り返してるわけにはいかないので、しょうがないから勉強、勉めて強いるつめこみをするしかない。

それに自分なりに一生懸命答えを編み出した後で「そんなのガイシュツ~(既出の2ちゃん用語)」とか言われるのも切ないものがあるので、現時点でどこまでの問いに答えが提示されているのか、リサーチしておくことも必要だ。幸い教科書として便利にまとめてくれてあるので、ただ読んで理解するだけで事足りて楽ちん。


二つめの回答として、「勉強がよくデキるほうが多分生きやすいから」というものも考えている。

世の中に何万種類の職業が存在するかわからないけど、そのうち現在の世の中で楽に生きられる職業の大半は、どうやらお勉強の成績がよろしいほうがなりやすい。「ああこの職業をやろう」と思ったときに便利だよね、と言っておけば、心からではないとしても、とりあえずはうなずくしかないだろう。


それでもごねるようなら、三つ目の回答は、「親が勉強しろっていうからだ」というのを繰り出すことにしよう。

子供は親に従う義務があるのだ、親の庇護がなくなったらすぐ生きていけなくなる弱者は守ってくれる人の言うことを聞かなきゃいけないのだ。親は勉強の意味を上記のように考えていて子供が勉強することを望んでいる、貴様が異議を申し立てるなぞ10年早ええ。独りで生きていく力を手に入れてからもの申せ。
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by tockri | 2006-04-27 01:28 | ├ かんがえごと

できるというのとやるというの

例によって僕が一般的なことだなあと思っているだけで、考えるきっかけはプログラミングのことなんだけども。

何か高級なことを実際やって提示してあげられる、というのと、理論上それができるということを知っている、というのでは、質としての差はそんなにないように思える。ヴィトゲンシュタイン先生は「いやいやそれが本質的な差だ」って言うかもしれないけど。

こんなにも情報が取り出しやすくなってる(特にプログラミングについてはもう無限の知識がネット上にある)昨今、それが可能であるってことだけ解ってればやり方調べればなんとかなる。

でも、世の中にある「完成品」では、その高級なことが出来てないことが多い。

なんでかというと、「完成品」を作るのには制限時間があるから。「制限時間内にできる」と「できない」の差はものすごく大きい。

僕たちがなんでこんなにチマチマとめんどくさい勉強をし続けるのかといえば、ただひたすらに、「次の機会に制限時間内に高級なことをするため」なんであって、で、そのまた次の機会のための、さらに高級なことの基礎部分にするためで、さらに、複雑で高級なことを完遂する体力を強化するためなんだと思う。

シュレーディンガー方程式をどうこうしようって言うときに、行列演算とかオイラーの定理の証明とかに時間をかけてたら、「そのとき猫が死ぬのか死なないのか」の判定に何年もかかってしまって猫が寿命で死んじゃうわけだ。

「呼吸をするように」基本的なツールを使いこなして、「指先でちょちょいっと」応用ツールを使いこなす。その積み重ねによってのみ、高級な完成品は生み出される。

「やればできるのは知ってるよ。時間がないからしないけど」
というのは、たぶんに手遅れの可能性がある。ずっと積み重ねてきていれば、時間なんかかからないか、むしろ短くて済んだりするはずなんだ。
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by tockri | 2006-03-29 14:28 | ├ かんがえごと

やりこみと解脱と念仏

芸事やスポーツ、武道など、稽古と熟練の必要な分野で大成した人というのは一種共通した何かを持っている。そんなことを、押尾コータローのCDを聴きながら思った。

後に(僕の好むやり方で)大成する運命にある人は、ある時期にとんでもない集中力で、たっぷりと時間をかけて、それこそ寝てもさめてもそればっかりを突き詰めていく。

ただ集中して練習するだけではなく、試行錯誤を繰り返し、いろんな限界に挑戦して、あるときは失敗したりして、でもめげないで、ひたすらに自分の内側やその対象の深遠に向かって掘り進んでいく。その姿は傍から見れば狂気に近い。

ギター一本でボレロを弾いてみたりするのも、ただボレロをやりたいなら二人とか三人で弾けばいいようなものだけど、そういう行為には人に説明できるような理由はなく、「やりたいから」だけなんじゃないかと想像する。
イチローがバッティングフォームに試行錯誤するのも、世界的に有名なある手品師が若い頃にひたすら巨大トランプを出し続けたのも、そういう時期のことであって、逆に言えばそんな「まだ途中」にあるにも関わらず一定以上の成果を残せてしまうほどの狂気の強さが、(僕の好む種類の)大成には必要なのだろう。

また、直接的な成果(音楽性とか、打率とか、入賞とか)が芳しくないとしても、そういう狂気の様そのものに魅せられてしまう人もいて、そういう人は後で少しさびしい思いをすることになったりもする。


そして、そうやって突き詰めていったある頃、急に彼は「解脱」あるいは「方向転換」する。僕にはその世界を想像することが難しいけれど、その結果はわかる。彼がギターをポロンと一音鳴らせば観客はうっとりとし、彼が力まず打った打球はことごとく内野手の間を抜け、彼がトランプをただファンに開いただけでどよめきと拍手が起こる。

その状態に達した人を数値的に分析していけば、弦に爪が当たる角度や音符のカドのところの数十分の一秒の出し入れだとか、バットの始動時期と視界の移動とか、体の使い方と手の表情と目線の配り方とタイミングだとかそういうものになるのかも知れないけれど、その極意を直接に求めていたのではおそらくそれを手に入れることはできず、結局あの狂気の時期の延長線上にしかないのだろう。


違うようで同じなんじゃないかと思えるのは法然上人が言った言葉で、上人が死ぬ間際に、つまり彼が自らの信仰の総決算として遺した文章にも「ただひたすらに念仏すべし」とある。中学で(浄土宗の学校だったので)習ったときにはそんなことでいいんだろうか、ただ唱えるだけじゃだめなんじゃないのかと思ったものだが、きっといいんだろう。そのかわり意味とか全然わからなくても、それこそバカみたいに唱えまくるんだということなんじゃないだろうか。


ちなみに僕が手品や大道芸をやりこんでいた時期は非常に短く、傍から見ればバカじゃないかと思える程度にはやりこんでいたけれど、大成するにはまったくもって全然浅く、その上「解脱した人」を間近で見てしまったときに楽をしようとして極意を直接求めようとしてポキンと折れてしまった。ヘタレだった。
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by tockri | 2005-12-28 12:51 | ├ かんがえごと
 
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