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「売り方」:「作り方」>20:1 !?

2005年東京国際自動車会議: 滑り出し好調なレクサス、喜ぶ人あれば悲しむ人も

いつも楽しい浜田基彦さんの「走る曲がる止まる」。クルマそのもの、とりわけ技術への愛情が伝わってきて僕はダイスキです。


今回はトヨタソアラをレクサスSCに名前変えてお店を変えて営業スタッフの接客などなどを変えたらなんと前月比20倍のバカ売れですよっていうお話。


「いい物を作れば勝手に売れるのだ」という神話がすでに終わってるってことをこんなに端的に裏付ける実証データって、確かに今まであんまり無かった。(全く無いってわけでもないけど。ファッション業界とか。)

自動車みたいな高価な工業製品については、買う側だって自分の財布の都合のなかで用途や好みにあわせて一生懸命調べて比較するわけだし、「売り方」と「作り方」のどっちが売り上げに大きく影響するかって言えば、うーんどっちなんだろうねという話はずっとあった。


僕たちモノヅクリの(いや別に僕クルマ作ってるわけじゃないけどさぁ)人々は「いい物を作る」ことに喜びを覚えてはいても、やっぱりそれが売れないんじゃガッカリなので、やっぱり「いい物を作ることは売れ行きにつながるんだ」と信じている。もちろん「いい物を作れば何もしなくても売れる」なんて夢は見ていない。いい物を作ったと思っても売れなかった経験なんていちいち数えるまでもないし、ブランドマネジメントやマーケティングの重要さは骨身に沁みている。

それでも、なんとなく、商品の売り上げに対する「作り方」と「売り方」の貢献度の割合ってのは、1対1か、まあ言っても2対3くらいで売り方優勢なのかな、ぐらいの気分ではいたわけだ。

もし今後もソアラ改めレクサスSCが売れ続けるようなら、実は今の時代ってのは、その比が1対20とかそれ以上になっちゃってるんじゃないのか、という、モノヅクリ大好きな人々が薄々感づいて恐れていた仮説の検証データのひとつになってしまう。

「とことんいい物を作る」から「悪いものを作らなければいい」というふうにモノヅクリの姿勢が変化していくことは危険だ、という感覚はもちろん僕も持っている。でも、だって、それただの感覚で実証されてないもの。検証データゼロだもの。検証データがひとつでもある仮説が圧倒的に優位だ。いやな世の中だよマッタク。



それにしてもこの浜田さんのブログ、いつもどうにもコメント欄が楽しくない。今回も筆者が「営業力」と表現しているものについて、コメント欄に書き込んでる全員が勝手に「営業力=営業スタッフの売り込み腕力」で、ブランディングやマーケティングを含まない、とオレ解釈して、そのオレ解釈に向かって一生懸命イチャモンをつけている。

前の記事もその前の記事も、あんまりひどい作法では言い返してこなさそうなとこに向かってパブリックっぽい場で「批判」(カッコつき)したいっていう欲望に忠実な皆さんが実に自由にオレ解釈を披露している。あ~あ。げんなり。

僕のこの記事も自由な解釈で「批判」(カッコつき)しようと思えばやりたい放題だ。でもいっぱい書くの面倒いからいいやこれで。送信。
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by tockri | 2005-10-13 12:19 | ├ かんがえごと

オタク攻略法

強くこだわりを持っている分野に趣味や余暇として使える金銭または時間のほとんどすべてを費やし(消費特性)、かつ、特有の心理特性を有する生活者
をオタクの定義として、その市場規模や分類、心理特性などなどを調査した野村総研のレポート

いやあ面白いなあ。

こういうニュースにキーンに反応するであろう人々の類型が何通りも想像がつく。

・「オタクの定義が○×」
・「自分は5つの心理特性のどれにもあてはまらないなー」
・「こんなレッテル貼りに何の意味が」
・「収集と創造とコミュニティが大事?そんなの当たり前じゃねえか」
・「左翼の陰謀」
・「そもそも昔はオタクというのは…」
・「きっとオタクの連中が反応するだろうぜ」←僕ここ
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by tockri | 2005-10-06 20:10 | └ 出来事、雑感

土浦全国花火競技大会

土浦全国花火競技大会に行って来た。

学生時代はすぐ近くだったから毎年行っていたのだけど、今年また久しぶりに見に行くことにした。

この花火大会の何が好きって、花火業者ごとの「演技」が順番に続く、そのスタイル。僕は明確な意図を持ってデザインされた、ストーリーをもったエンターティメントが大好きなのです。

いちばん解りやすいのはやっぱりスターマインで、何百発もの花火を規定時間内に打ち上げる、その美しさ、花火の質、構成を競う。
最初に「ドドドド」と噴き上げ系を集めてインパクトを与える構成もあれば、中盤であえて単調にしておいて、そこからの盛り上がりで一気にエンディングに突っ走る構成もあり、花火の単純な美しさだけでなく、まるでよく出来たショーのような感動を受ける。

学生時分に舞台の人だった経験から、ショーには上質な音響が不可欠だと考えているので、土浦の花火大会においての音響、つまり打ち上げ場所に近く音がよく聞こえることを求めて地元の人が多く陣取っている、観覧席の反対岸の道路の上でビニールシートを敷いて観た。メインの観覧席は人がみっちり詰まっているけど、反対側は結構余裕があるのさ。そして実は反対側のほうが打ち上げ場所に近かったりする。

立ち上がると打ち上げてる場所が見えて、筒から打ち出される「シュボッ」という音まではっきり聞こえるリアルさ。
いい。とてもいい。全身で楽しんだ。

第74回土浦全国花火競技大会上位入賞者が発表されている。
ラストから二つ目、地元の野村花火工業が4連覇達成。うんうん、尺玉も見事だったしスターマインの構成も終わったと思わせてさらに連続で畳み掛けるラストとか、ひねりが効いてて良かった。


大会終了後、人でごった返す土浦駅を横目に、バイト先で行きつけだった「くいもの屋」という居酒屋で幸せな料理をたっぷりいただいてから悠々と座って藤代駅まで常磐線、駅前に止めておいた車で全く渋滞せずに帰宅。地元ッティー、完全勝利の日。

ちなみに土浦駅は上野駅からたったの40分で着くわけだけど、東京から土浦に向かう人は(その巨大な人口に比べて)大変少ない。大江戸花火みたいなしょぼい大会で何時間も並ぶこと考えたら(しかも入場料まで取られて!ワケワカンネ)土浦行けばいいのに、と思う。可哀想な距離感。
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by tockri | 2005-10-04 12:49 | ├ 旅日記

そないに目くじら立てはらんでも

よろしいやおまへんか。


政治家が無能、官僚が無能、教師が無能、学者が無能、編集者が無能、みなさんの言わはることみーんな間に受けたら日本中がアホだらけみたいですがな。

学級崩壊が増えて体罰が増えたのは教師が無能なのが悪い。はあ。そらご立派ですわ。ほいでどないしたら生徒たちは幸せになれますか。
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by tockri | 2005-10-04 12:23 | ├ かんがえごと

ヲタク的言説

新しいシステムの導入説明会(もちろんフィクションです)にて。
「あのぉ『処置』っていうボタンをおさなきゃいけないんですか、処置してないときはどうすれば…」
「ええとこのテキストボックスに『処置せず』と書き込んで『処置』ボタンを押してください」
「なんか『処置内容:処置せず』って表示されてて変ー」
「『処置しないという処置』をしたということで…」 ←(オレ上手いこと言った!)

教室にて。
「+極から-極に流れる電流の正体は実は電子の流れなのです」
「へえー」
「電子は-の電荷を持っていて、これが-極から+極へ移動…」
「え、あれ?流れる向きが逆??」
「-のものが右から左に向かうというのは+のものが左から右に向かうのと言い換えられるのです」 ←(すばらしい論理だ!)

「んー、先生が僕にマイナスのお金を渡す、つまりジュースを奢ってくれると僕が先生にお金を渡してると言い換えられる」
「られません」
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by tockri | 2005-10-04 10:46 | ├ 小咄

政治ミーム2

bewaadさんの「政治ミーム」理論構築ゲームゲーム参加申請をいれてみたところ理論構築ゲームの続きの返答をいただきました。(トラックバック再開おめでとうございます)

他の高度に専門的なエントリのほうで忙しくされていてもちろんお仕事も忙しいのにこういう雑談(または与太)につきあっていただくのが申し訳なかったりしながら、楽しくてつい書いてしまう私を許して~
征服や革命はミームに内在する政権交代スキームというよりミームの淘汰であるとwebmasterは考えながら先のエントリを書きました。
なるほどなるほど。ここはちょっと政治ミームの扱いの違いがあったようです。というか、言葉の定義について発案者にたてついてどうするんだ>自分

僕が「君主制ミームにも征服などの政権交代は含まれているのでは」と書いたときには、征服と革命は完全に別のモノととらえていました。ミームの定義より、政治ミームを
その統治形態をよしとして受け入れる、あるいは使用して統治する心のあり方
のように考えています。

まず征服について。君主制ミームが社会を満たしている社会では
  • 政権交代を目論む人は「今の君主はダメだから(あるいは弱いから)オレが新しい君主になってやる」とは考えても「君主制をやめたほうがいい」とは考えない
  • 被統治民は「新しい君主様になってくれたら少しは暮らしが楽になるかのう」とは考えても「君主制をやめたほうがいい」とは考えない
という状態があって、そこでおこる政権交代が征服。日本の国盗り合戦とかフランス百年戦争みたいなのをイメージしてます。ここではミームの淘汰は起こっていません。

革命について。君主制ミームが蔓延している社会において突然変異的に誰かが「誰が君主でも同じことだ、共和制っていう新しい政治のほうがいい」という新しいミームを生み出し、当時はそのミームに環境適応性が高く淘汰されずに蔓延して君主制ミームを淘汰し、結果的に政権交代がおこり制度が変わってしまうのが革命。

要すればあるミームがどれだけ不安定であるかは、不満を持つ人口の全人口に対する比率と不満の量との積で表され、その積を減らすように変異する方が存続する確率が高いということに他なりません。
という、この部分には異論はまったくありません。

しかし、返答頂いたエントリの後半でだんだん「政治ミーム」=「制度そのもの」になってしまっているように思えます。それではせっかく「ミーム」ていう面白いものを取り出した意味が薄れてしまうと思います。政治ミームと制度はちょうど遺伝子と表現形質の関係だとしたほうが面白いのではないかなと。
そのため、
今のところ立憲民主政は、現政権への不満が制度(ミーム)への不満とイコールでないという点において、それがイコールである程度が高い他のミームよりも現在の環境では淘汰されずに生き残りやすいというに過ぎません。
というところで立憲民主政ミームの強さについて僕がbewaadさんと同じ点をイメージできているかちょっと自信がないです。

僕は「そういう悪い政権を選んだのは自分たちじゃんか」という責任転嫁というか、不満の矛先がぐるっと回って自分に向いてしまう構造を持っている点で立憲民主政が政治ミームとして(生き残り能力で)優れていると思います。あと、ミームには(ちょうど人間の遺伝子のジャンク部分に太古の生物の遺伝子配列が含まれているように)記憶があって、過去の制度のよくなかった点をちゃんと覚えていて、そちら方向に振れそうになるとブレーキがかかる性質もあるため、新しい政治ミームになればなるほどよっぽど強い別のミームなり環境の大変化がない限り淘汰しにくい、なんていうのもどうでしょう。

えー、僕すでにbewaadさんの所期の目的であった「総選挙を論じる」から外れて「理論それ自体の面白さ」を求めてしまってましてどうもすいません。
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by tockri | 2005-10-01 13:11 | ├ かんがえごと
 
移転しました。
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