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FUJI ROCK FESTIVAL

行ってきましたフジロック
いっぺん行ってみたかったんだよね

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どのステージも人、人、人。雨が降っちゃって歩いて移動するのもたいへんだった。けどすげえ楽しい。

見たのはcopa salvo、100s、サンボマスター(ちょっとだけ)、東京スカパラダイスオーケストラ、PEAL OUT、クラムボン。

クラムボンをライブで見るのは2回目だけど、明らかにライブハウスのときとテンションが違っててなんだかもう飛びすぎてた。

クラムボンの公式
CD →(x3)→ ライブハウス →(x2)→ フジロック

これは酒と空と音楽で人をおかしくして「ヤケクソな観客」を作り出すことによってアーティストも活性化させる装置なのだなあと思った。


写真はスカパラの催眠音波によってジャンプを繰り返す数千人の罪のない民衆。写真では手前の人々はまだ棒立ちだが、その後ジャンプを始めた。その写真がないのはなぜかというと僕も飛んでて撮影不可能だったから。
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by tockri | 2005-07-31 22:16 | ├ 旅日記

哲学書を読むように

哲学書と若隠居さんとか小倉さんとか記者さんのブログなんかとで何が違うんだろうなんて考えてた。

たとえば
「語の意味とは言語におけるその使用である」
なんて書いてある哲学書を読むと、最初は「!?」と本能的に違和感を感じて、で、一生懸命読み直す。「きっとその人なりの何か整合した理屈がそこにはあるに違いない」と思うので、意味使用意味使用意味・・・とか唱えながら(怪しい)、他のページも総合してなんとか自分なりに納得しようと頑張る。そして
「ああなるほど、あなたの言いたいことはそういうことか」
と腑に落ちて初めて、その整合した理屈に賛成なり、反対なりをする気がおきてくる。

そこで読み直すこともせず自分で勝手に言葉尻から「オレ解釈」を組み立てて
「意味と使用を同一視するというのは、頭で考えるイメージと体を使う行動を混同するってことじゃないかおかしい、あんたの論理は破綻してる」
みたいなことを表明しちゃうと、哲学を勉強してるほとんどの人から「バーカ、出直して来い」と一蹴されて誰も同情してくれない。哲学を勉強してないほとんどの人は、勉強してる人の優位性を認めているので、そこに飛び込むには自分に準備が足りないと判っていて、怖いからあえて口をつっこむことはしない。もちろん僕も口をつっこめない側の人です。


ところが学問として体系だてられていないこと、「勉強してる人」がいないような話題が書いてある場合、そういう、本来的に優位な立場にある人というのがないから、怖さがない。

普段から一生懸命読み直して「その人なりの整合された理屈があるんだろう」と想像しようとする癖がついてないような人だと、自由気ままに「オレ解釈」を作り上げて、それに対する批判を堂々と表明してしまえる。

たいていそういう「オレ解釈」はシンプルで誰にとっても(元の記事より)わかりやすいため、「一生懸命に読み直さない」種類の人はそちらを「元記事の意図」として採用し、批判者に同情する。

そこで記事を書いた本人や「読み直して納得しようとする」側の人が、いやそういうことを言ってるんじゃなくてとか言ってももう後の祭りであって、批判者集団と化してしまった群集は止まらない。批判者集団を衝き動かすエネルギー源は「他者を貶める快感」であるのに対して、批判が的外れであることを指摘する側にはどうにも強いエネルギー源がない。自分がわけのわからん批判をされることを許せないという自尊心は、やがて折れる。
「めんどくせーからもういいや、バカどもには言わせとけ」
最後っ屁に捨て台詞を残したり残さなかったりして、書くことをやめてしまう。


どうすればいいのか。

一つの解答は、bewaadさんのように、「他の解釈を許さないほど徹底して緻密に書く」こと。でもそれを全ての人がやり始めたら、正直、読むのしんどい。

もう一つの解答は、内田樹さんのように、「ほとんど全てのコメントに一切取り合わない」こと。でも彼の場合は著作もたくさんある大学教授という地位自体が「怖さ」を醸し出しているというのも大きいように思うし、やっぱりコメント書いたら知らない人でも返事は欲しいよね、ていう気もする。


普通の人が書いた、軽妙にポラライズされたストレートな文の裏に深い思惟がある気持ちいい文章を中心にコミュニティもできあがりつつ、そういう場が長く生き残り続ける道はどこかにないものか。
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by tockri | 2005-07-28 11:56 | ├ かんがえごと

解答

チームで発表をすることになった。資料のたたき台づくりは、そういうのに一番器用と思われる僕が率先してやった。たたき台を囲んでみんなで作戦会議。

「っと、ここの部分はこんな感じなんだけど、なんかしっくりこないんだよねえ」

と注目させると、ノータイムで新人君
「うーん、これで最適だと思いますよ」

ノータイムってとこにも「最適」なんて言葉が出てくるとこにもびっくりしたけれども、さて何と言って注意したものか。結局
「いやいやもうちょっと考えてみようよ、きっともっといいアイディアが思いつくよ」
とやんわり言うにとどまった。



新「今回の発表で求められてるのは『成功した』っていうことですよね、なんとかこじつけて書けばいいんじゃないですかね」
僕「いやいや成功もしてないしそんなこと求められてもいないから。ていうかやった結果はちゃんと正直に書くの。」
新「求められてるのってどこなんですか」
僕「そりゃ聞く人によってまちまちだから、僕達は僕達なりに最高と思うモノを出すしかないでしょ」

この新人君、どうもいつもすぐに「解答」に飛びついてしまうきらいがある。そしてさらに残念なことに、その「解答」の基準がなんだか、「このへんで答えておけば点数もらえるだろう」という、評価者を前提としたものに僕には感じられてしまうのだ。

確かに彼はとってもとっても学歴が高いのだけど、よくあるみたいに「学歴が高いほど、優等生ほど、テストで点数をとる考え方に慣れてて自由な思考が下手」とかなんてステレオタイプにはめこんでお仕舞い、とは考えたくない。なぜなら僕自身が学歴高い優等生だから。自分が「自由な思考下手」とか思いたくないじゃない。

普通の学校のテストをクリアし続けることで、ある種類の問題への解決方法が身に付く、これは間違いない。ただ、今回僕達の仕事で必要になったモノの考え方は、学校のテスト以外のなにか活動で身に付く種類の問題解決方法だったのだ。その練習をしたことのある人はできる、ない人はできないのだと思う。



正解が存在しない場合に、「より良い」の評価軸を自分で設定する。あるところまで高めていってから更に高みを探る。ときどき発散させて別の局所最適を検討する。他人に批評させて評価軸を再設定する。どこまでいっても「正解」や「最適」はありえないことを忘れない。

仕事でやることには期日があるので、いつまでも「もっともっと」なんて言ってられない。だから仕方なく、あくまでも仕方なく、あるところで探索を打ち切る。

そんなようなことを、教えずに教えてあげたいなあと思うこのごろ。
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by tockri | 2005-07-26 19:31 | ├ かんがえごと

USB三題

ソリッドアライアンスよりおいしそうな商品。

寿司型、エビフライ型、カニ爪型などUSB2.0メモリとナポリタン型USBケーブル

USBケーブルを延ばすとナポリタンがほどけていく、というとこまで行けば革命的だったのだけど。24800円もするならそこまで頑張ってほしい。

明太子がほしい。
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by tockri | 2005-07-26 12:47 | └ 出来事、雑感

想像力

己の欲せざるところ、人に施すなかれ

学生時代の友達が「これは自分の座右の銘だ」と公言して憚らなかった言葉。ただその人大変感情的な方だったのでカーッとなるとイロイロしちゃってたかも…まあそれはさておき。

要するに想像力なのだと思う。

テレパシーや心眼が発達していない通常の人間が感知できる情報は、自分がしたこと、自分が見たこと聞いたことに限られるため、たとえば大勢で一緒に仕事をしていても、他人の仕事をよく見たり聞いたりしなければ、他人が仕事をしているかどうかすら感知できない。


特に意識もせずに過ごしていると、年齢とか経験とか多忙とか、その他いろんな理由で、他人がやってること、考えていることを感知できる可能性はどんどん下がっていきがちだ。でも、自分がやってること、考えてることは相変わらず100%感知できてる。

そこでもしも、周囲の状況をもとに感知できないことを想像する能力がないと、「他人が仕事をしてない=自分ばかりやってる」「他人は何も考えてない=自分だけはちゃんと考えてる」というおバカな思い込みに陥ることになる。


想像力がない、あるいは失ってしまった人は他人を信頼できず、同意もできず、賛成もできない。不幸だ。周りの人も不幸だ。
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by tockri | 2005-07-26 12:41 | ├ かんがえごと

姑獲鳥の夏

京極夏彦原作の映画、見てきた。満足。おもしろかった。

大宮のcocoonに行ってみたら満員でダメだったので新座のOlympicに行ってみたらガラガラ。車で20分の距離でこの差といったらなんだろう。

おかげでちょうどスクリーンが視界にすっぽり入る程度の距離、真ん中の席を選べた。ホクホク。


あまりテレビを見ない僕にとって堤真一といったら、こないだ珍しく最後まで見た草ナギ君のドラマの「高柳社長」なので、あれと全く同じ口調で京極堂の長口上が始まるとなんだかムズムズしたりして。

「関口巽ィ」

「鈴木島男ォ」
に聞こえるよぉ。

と、まあ、そんなささいな違和感も見ているうちに慣れてきて、入って行けた。

姑獲鳥の夏は読んでないけど、その後の京極堂シリーズは欠かさず読んでるモノとしてはどうしても原作のキャラクターと俳優さん、原作の雰囲気と映画の雰囲気といった比較みたいな見方になってしまう。

阿部寛の榎木津はもぉ、ハマりすぎだと思った。あの無意味な存在感!原作の描写ではもっとショウユ顔の貴族っぽい顔立ちの色白の人形みたいな美男子ってことになってたようだけども、でもいい。アベカンがいい。もうこれから京極堂読むときは榎木津はアベカン。日に焼けたことにする(脳内)。映画では榎木津のセリフが少なかったのがとても残念だ。もっと
「僕は探偵だ!探偵は神にも等しいのだ。馬鹿はどいてろ馬鹿」
とかやってほしかった。

幸せなことに、姑獲鳥の夏だけは読んでいなかったおかげで、ストーリーは知らないままで映画を見ることが出来た。すばらしい。

映画全体は、実相寺監督(初めて見た。)の変態的なカメラワーク(ほめてます)とか画面の作り方とか、なぜか部屋の中でも眩暈坂(屋外)でも現れるスポットライトとか、関口が見る幻覚をそのまま画面に入れちゃったりとか、そういう「装飾」「仕掛け」のおかげじゃないかと思うのだけど、怪しくて何が起こってもおかしくない雰囲気を醸し出していて僕は好きだった。いいじゃん映画なんだからリアルじゃなくても。

横で見てた彼女は回る画面に酔ってた。かわいそう。

最後に一言。

いしだあゆみ怖すぎる。
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by tockri | 2005-07-22 01:13 | └ 出来事、雑感

若隠居さんリタイア

ああ、若隠居の徒然日記が閉鎖されている。

削除の残骸に残ったRSSには
ブログやめます
出直してきます。ながながありがとうございました。
とのメッセージが・・・

徒労感、なのかなあやっぱり。
  • 他人の文章から意図を汲み取ろうとしない
  • 「あなたは論理破綻している」っていうステキ言葉を使ってみたくてしょーがない
  • 自分の文章から汲み取れる意図を要約されると怒り出す
ひとことでまとめると「頭の悪い人たち」がはびこっちゃって他人事として読んでるだけでも疲れたものなあ。

いや、全然違う理由かもしれないけども。

とりあえず普通に話の通じる人と批判しあったりするのはエキサイティングで楽しいことだけど、そういう楽しそうなところに混ぜてほしい頭の悪い人が大声でわめいていると、相手するのも疲れるし、相手しないとうるさいし、で僕だったらもっとすぐにやめちゃうことだろう。

どうにも腹が立つのは、そういう頭の悪い人たちが勘違いして「若隠居が論破されてケツまくって逃げた」的なことを文にしてまたどっか「まとめサイト」とかいって史実にしてしまうこと。めんどくさくなってバカバカしくなって、「勝ち」にする方法は現時点でないから逃げただけかも知れないじゃん。(僕ならそうする)

過去にあった記者さんとか弁護士さんとかのブログにしたってねえ。論破とか論理破綻とか矛盾とかの判定方法もわかってないような連中が匿名の影に隠れて勝者面でうれしそうにしてるかと思うとやりきれない。
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by tockri | 2005-07-21 12:11 | ├ かんがえごと

絶妙チャーハン

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一人の夜にはカンタンご飯。というわけで冷蔵庫の冷やご飯とベーコンとネギと卵をまぜて炒める。冷やご飯で作るとカンタンにパラッパラ。インチキした気分。

最後に甜麺醤をトッピングしてみたところたいへんよろしい。今度からこうしよう。

彼女が昨日作ってくれたポテトが美味くてぴったりシアワセになり終えた。
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by tockri | 2005-07-20 00:12 | └ 料理

読んでない本の感想を読む

ほぼ日刊イトイ新聞 - 海馬。
「海馬」という本があるそうな。

その本の感想だけを読んでいくと…
「話が進まないよー。 何のために私は分からない会議に出ていて上司は何で話を前に進めようとしないんだろう。こんなことしてたら、頭悪くなるー」と思っていたら、このようなことはやはり頭によくないというようなことが書いてあるじゃないですか。「やっぱり!?そうだよね?そうだよ!」と後は勢いで読んでしまいました。

『・・・30歳を過ぎると、 つながりを発見する能力が非常に伸びるんです』なんて、耳に心地よい言葉なんだろう。

一番新鮮だったのは「生きることに慣れてはいけない」という言葉。人生に輝きが戻ってきたようでした。

うーん、世の中にゃ不安で自信のない人がいっぱいいるもんだ。なおかつカンタンに安心したり自信が出たりする人が何人かいるもんだ。
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by tockri | 2005-07-18 03:35 | └ 読書

やばいかもしれない

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昼間からちまちまとカレーをつくる。

いつものようにショウガとニンニクをごま油で炒めて玉ねぎを投入、鶏肉投入、フライパンで焼いた小麦粉投入、水を足して。

家で採れたトマトを刻んで投入。まあちょっとだけだけどな。
これはまあ問題ない。

家で採れた日光唐辛子を刻んで投入。一本分。
これが。


もしかして辛すぎるかもっっ
今味見したらヤヴァかった。
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by tockri | 2005-07-16 16:56 | └ 料理
 
移転しました。
by tockri
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