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公平の定義

Aさんはたたかれると泣いてしまいます。
Bさんはたたかれてもあまり感じないので泣かないけど、マウントポジションからたこ殴りされるとさすがに泣いてしまいます。

1. BさんがAさんをたたいたらAさんは泣きながらBさんをたたきました。
2. BさんがAさんをたたいたらAさんは泣きながらBさんをマウントポジションからたこ殴りしました。

さて、公平と言えるのはどっちのパターンなんだろう?その反対側は不公平?

#あー別にライブドアとかそーいうめんどくさい話の隠喩なんかじゃないんで。ムリヤリな深読みするのもさせるのもキライ。
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by tockri | 2005-03-31 12:44 | ├ かんがえごと

クリエイティブコモンズ

ネット上での著作権利用ライセンスをとても便利に表示して運用する枠組みを作ってくれたという人たちに敬意を表して、当ブログをクリエイティブコモンズ宣言(?)しました。
CNET Japan Blog - Lessig Blog (JP):Yahoo!

まあこんな誰も二次使用とかしようと思わないとこにライセンス記述なんかつけたってしょうがないっちゃーしょうがないのですが。

CCCDがどうのとか無断引用がどうのとか著作権についてアレコレ考える人で、もしこういう未来予想図に共感するのならば、広めていくのに協力をしてみてはどうでしょうか

(追記)人気ブログふぉーりん・あとにーの憂鬱様で紹介していただいたので、もう少しマトモにリンクを張ってみます。(47thさん向け、ではなく、47thさんのブログから流れてくるたくさんの方向け)

(tockri的CCとは)
  • カナディアンクラブじゃないらしい。
  • 著作権法には「原則として他人の作ったもの勝手にコピーしちゃダメだよ、ただし作者がいいって言ってるならいいよ」と書いてあるらしい
  • CCの仕組みを使えば、いちいち長文で「非営利利用はOK」とか「改変、再配布は自由、ただしコピー元のクレジットが必要」とかグダグダ書かずにバナー一個で「こういう範囲でならコピーしていいよ」と宣言できるみたいだ
  • しかもYahoo! Creative Commons Searchで、CC宣言してるとこだけがヒットするようなステキな未来が少しだけ見えてきた!
  • Web上のたくさんのリソースがこういう風に再利用可能になってたら世の中のクリエイティブな人たちは刺激しあってもっと面白いものを生み出してくれるんじゃないかなあ

(あちこちリンク)
Creative Commons 日本語ポータル
いろいろ邦訳してくださっているのでとても読みやすいです。(本家サイトでCC宣言した後で見つけてガックリ)
クリエイティブコモンズJP
本家サイトの日本語訳や日本の著作権法準拠版ライセンスを公開しています。FAQは「とりあえずみんな読め」という意味です(やや嘘)
結城さんによるクリエイティブコモンズ関連文書の日本語訳
いつもいろんなことを解り易く教えてくれる結城さんがCCについても文章を提供してくださってます。

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by tockri | 2005-03-28 18:16 | ├ コンピュータ

試験に出ないパズル

試験に出ないパズル―千葉千波の事件日記

変態パズラーたちのナゾナゾネタ帳(違う)

問題:私はこれまでタクシーに乗ったときにお金を払ったことがない。なぜか?

あー、こーいうのってアフィリエイトとかにすればいいのかな?まあいいや
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by tockri | 2005-03-28 13:26 | └ 読書

自分語りに関する考察

会話の中での、いわゆる自分語りを分類してみる。
  • 面白いの
  • 面白くないの

面白いと感じた自分語りをいろいろと思い出す。
  • 好きな相手の、それまで知らなかった情報を知れる
  • エピソードが面白い
  • お互いに言い合っている流れの中
  • 短い
  • それまでの話題への肉付けになる内容
  • ツッコミどころがわかりやすい
  • こちらに何か自分語りさせるための前フリ

面白くなかった自分語り…思い出すのもいやだけど、サンプル数が多いからわりと思い出せる
  • 単なる事実でエピソードが面白くない
  • それまでの話題の流れからなんか外れている(連想ゲームしてんじゃねえ)
  • 長い
  • たいして好きでもない相手
  • 返事のしようがない、会話がとまる
  • 自分だけ話して満足顔

こんなとこだろうか。

ちなみに面白くないパターンの要素が全部入ってるような自分語りをされてしまうと、生じる感情は「うざったい」にまで変化する。


面白い、と、面白くない、の境目は、自分語りをする人の目的意識が「会話を/場を盛り上げたい」にあるか、「とにかく自分が話したい」にあるかの違いなんじゃないかな。キーワードはサービス精神?

自分語りに限らず、会話に参加する全員がサービス精神をすこしずつ出し合うと、あと、それに技術がともなっていれば、会話ってとても面白くなると思う。
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by tockri | 2005-03-28 13:23 | ├ かんがえごと

上手

はじめてライブドアとフジのアレについて書いてみる。どこかにトラックバックしようかとも思ったけど面倒だから独り言モードで…

北尾さんを中心に回っているように印象を誘導されている

最近、久しぶりにテレビを2時間以上見ていたら、SBIの北尾さんというのはテレビの使い方がホントに上手だなあと思った。ライブドアの堀江さんの下手さが対照的に映る。

テレビの(自称)報道番組って30分とか1時間の記者会見やインタビューをまるまる全部流すことは不可能で、その中から選択してわずかな部分(数秒間)だけを切り取って使いまわしてる。その選択基準は当然「インタビューの要旨を端的に表すかどうか」、なんかではなく、「刺激的かどうか」「オイシイかどうか」に偏っている。

ここで「テレビの敵」堀江さんに対して「他人の家に土足で…」とかオイシイ事を言えばその部分だけがお茶の間で繰り返されて、「ああ、よくわかんないけど堀江さんがやったのはそういう悪いことなんだな」という印象を植えつけるのに成功する。(「よくわかんないけど」がミソ。だってぜんぜん説明されてないんだもの。少なくとも僕が見ていたいくつかのチャンネルの2時間ちょいでは説明されなかった。)

今回彼が意図する方向に誘導したい対象はテレビ業界の人達なわけで、つまりテレビに流れてる情報で飽和しててそれ以上調べたりしない人が多い(と推測される)人種なわけで、特に芸能人なんかを「ライブドア嫌い」とかにしてしまえば「乗っ取られるなら降板する」とか言い出しやすくなってくれたりして影響力が大きいから最終的にソフトバンクがフジテレビの大株主になるにあたって都合がいいわけで。そんな人達を誘導するにはテレビを使うのが一番効果的なはず。だから北尾さんは上手だなあと思ったのだった。

だいたい堀江さんが「既存のメディアがいかにダメか」なんてインタビューでいくら熱弁ふるったって、その番組で一回はとりあげられるかも知れないけど繰り返されるはずがないよね。堀江さんは下手だねえ。

(追記)
「操って」って言葉が悪いね。誘導して、に変えました

(追記2)
憶測ですけど、芸能人のみなさんてフジテレビの人から「で?あんたはフジサンケイじゃなくなっちゃうニッポン放送にこれからも出続けるつもりなワケ?あっそう、フジテレビに出たくないんだ、ふーん?」とか聞かれてるんでしょ?
昔ちょっと雇ってもらった芸能プロダクションの社長はタレント一人殺すのなんか簡単だとか豪語してたよ?
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by tockri | 2005-03-28 10:28 | └ 政治経済

気にくわない感情の伝え方

どうしても気にくわないことがあったとブログやら掲示板やらメールやらで誰かに伝えたいとき。

怒りの増幅メカニズムに任せてしまうと「そういえばあれも気にくわない、これも腹が立つ」と、いろんなコトに対して微に入り細にわたってねちねちと長文を書きたくなってしまう。

長文は読まれない。
長文は全部を把握しづらい。
長文はバグ(論理矛盾、主張の曖昧さなど)が入りやすい。

で、どうでもいい人から本来の主張にとってはどうでもいい場所に見当違いのツッコミを入れられて、それによって傷つけられた繊細な精神を守るために一生懸命に切り返し、最初に気にくわなかったところから随分遠くまで転がっていってしまう。

「ちゃんと全部を読みもしないで言葉尻をとらえやがって!」
という怒りの責任は実は結構自分にもあると思う。全部を読みづらかったんだよきっと。


増幅した怒りを一点に集中させて一点突破するような書き方のほうが伝えたいという目的に近いと思う。
「こういう理由で、自分は○○が嫌いだ」
を、出来る限り短く端的に書く。



いや、気にくわない場所はそれだけじゃない、一点になんかまとめられない、ていうかも知れない。でも大丈夫、それを気にくわない人がたくさんいるのなら他の人が他の点について書いてくれるから。
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by tockri | 2005-03-27 09:42 | ├ かんがえごと

鶏雑炊

一人だったので質素に雑炊を…
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なんだか酒と料理の写真集になりつつある当ブログ。
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by tockri | 2005-03-27 09:27 | └ 料理

び~よらんたん♪

最近、朝ごはんを食べながら教育テレビを観ている。

民放のチャンネルがオバちゃん向けの噂話をたれながしている同じ時間に、教育テレビは「にほんごであそぼ」という4歳児向けの素晴らしい知的エンターティメント番組を放送している。作り手が、なにかしっかりした意図を持って「制作」してるのが伝わってくる。

で、エンディングにおおたか静流と子供たちが「ぴっとんへべへべ」を歌う。僕はもうすっかり洗脳されて聞いてるだけで歌詞を覚えてしまった。こんな歌。

おおたか静流・Sizzle Ohtaka Official Website→五感七色→モチーフ・ぴっとんへべへべ

ええっ!東北弁バージョンと英語弁バージョン!?
なんかでも解る気がするのが不思議だ

「ぴっとんへべへべ」でグーグルひいたら1000以上ヒットしたのでびっくり。
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by tockri | 2005-03-22 09:47 | ├ モノ

解像度が上がった世界

パソコンの画面で長い文章を読むのはツラい。本を読むのは大好きだけど、パソコン上で本を読もうとは思わない。

「紙の匂いとかページをめくる感触とかね…」ってセンチメンタルなハナシじゃなくって。
画面上で文章が読みにくいのは解像度とフォントの問題。

明朝体ってのは縦線より横線が多い傾向がある漢字というモノを読みやすくするための努力の結晶なわけで、たまにゴシック体で印刷された本なんかあると読みにくくてしょうがない。さらに出版物にはカーニングだとかピッチとかいろいろに、「いかにスムーズに文章を追えるか」を突き詰めた職人の技が詰め込まれている。

でも現在のせいぜい100dpiの画面上では明朝体なんてただの汚いフォントでしかなく、そうするとゴシック体を使うしかなく、しかもギザギザで。そもそも読みにくい画面で「読みやすくする技術」やってもしょうがないから画面上でのカーニングだのなんだのも発達しない。

もしも、ディスプレイの解像度が300とか400dpiになったら。現在紙にプリントアウトしたのと同じぐらいの精細さが画面上で得られたら。

とりあえずWebを読むためのフォントは明朝体になる。画面上での読みやすさを追求する技がどんどん取り込まれる。

また、現在の解像度で、たとえば美味しそうな料理の写真とかがあっても、やっぱり雑誌の見開き2ページの質感には全く太刀打ちできないわけで、それが300dpiの世界では(モニタの発色の問題もちゃんとクリアしてるとして)ついにネットを通じて「美しさ」を提供することができるようになる。

出版業界は「これぐらい読めるんなら、インターネット出版ってのもアリだよね」と、ようやく乗ってくるんじゃないだろうか。ひょっとしたら書店にはあまり雑誌が置かれなくなるかもしれない。

現在だと「印刷されて出版されて書店に並んでる」雑誌になら、どんなにひどいガセが書いてあっても「へぇ~」と信じてしまう人が多いけれど、そういう雑誌がWebになって、便所の落書きみたいなワケわからんものと同じインフラを通して快適に読める(課金はあるにしても)ようになってくると、さすがに世間の大半の人が認識を変えるだろう。


ああブロードバンドでよかった、と世界が感じるのはそのころかもしれない。

(2006/01/11 後半が変だったので大幅に変更)
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by tockri | 2005-03-19 13:50 | ├ コンピュータ

「パソコンできる」ヒトの悲哀

1994~95年、WWWが一般に「開放された」ころ、Unix上で細々とプログラム作ったり「論文はTexで書くのが当然」とか言ってたり、ネットワークで世界に発信できることに興味を覚えてHTMLを書いてみたりしていた連中はWWWの広がる波に乗ってヒーローになれた。

リアルタイムでないテキストで言論するということの特性もあいまって、普段おとなしい性格であってもネットの世界では尊大に振る舞い、高度な検索ノウハウを駆使して得られる知識を自分のものとして吹聴し、技術で劣る他人の人格を貶めたりする快感にますますのめりこむという好循環(?)で急速に技術が向上していき、一部の人達はperlでCGIを作ったり、CSSやHTMLの最新仕様を追いかけたりとどんどんコアな方向に向かった。

パソコンできれば女の子からは「ホームページとかやってみたい~」と言われてパソコンを選んであげたり、掲示板やカウンターを作ってあげたり、JavaScriptで動くボタンを作ってあげたりとネットの世界の外でも人気者になれた。

ユーザビリティとかアクセシビリティを論じたのも読んだのも「パソコンできる」連中だった。
「ウェブページはブラウズしやすくなければならない」
「ウェブ上のコンテンツは弱視者にも手の不自由な人にもアクセスできなければならない」
という、技術から切り離された、誰にでも通用する「正義」あるいは「大義名分」が与えられた、ように一見見えた。

しかし、それを実現するのには結局技術が必要で、技術に明るい人はそれらの大義名分をもってユーザビリティやアクセシビリティに劣るサイトやその作者を、バカだの低脳だの福祉の敵だのと、口汚く罵ることができた。電車でお年寄りに席を譲ることなんてほとんどないのに、弱視者でも自由にアクセスできるサイト作りにはげんだ。たとえその内容が、弱視者にはあまり意味のないプログラミング技術についてであっても。

さらに、「Web標準化」という「正義」がほぼ同時に生まれて、こちらは純粋に技術的な動機から出たものだったけれど、アクセシビリティなどと混ぜて、やっぱり他人を声高に非難するのに使われた。


10年ほどが経って、ふと、気づいてネット上を見回すと、誰でもそこそこ「パソコンでき」て、どのメーカー製のパソコンでも同じように使えて、誰でもGoogleを使えばだいたい望みの情報にたどりつけて、誰でもblogにテキストを入力するだけでアクセシビリティやユーザビリティに優れWeb標準に準拠したページが作れる世界のなかで、「面白いテキストを書ける人」に人が集まるようになっていた。

昔面倒を見てあげた女の子のホームページは放置されて、掲示板はspamしか書き込まれていない。本人はmixiで日記を書いて、現実世界やネットでできた趣味の合う友達と楽しくやってるらしい。

これじゃ、「面白いことをする人・言う人」に人が集まっていく学校内や会社内と変わらないじゃないか。

そんな、本当にいるのかいないのかわからない人物像の物語。
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by tockri | 2005-03-13 15:42 | ├ コンピュータ
 
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