カテゴリ:├ かんがえごと( 98 )

他人を幸せにしたいじゃないか

[自分語りウザー]

最初はソフトウェア屋さんをやって、製造業に転職して、まあ社会人になってからずっとなんかしら作り続けてきた。どうやら僕は物を作るのが大好きだし、プログラムを作るのは自分のイマジネーション以外の制約をほとんど何も受けないのでコンピュータの中限定だけど魔法使いになった気分が味わえて好きだ。(世の中の量産型ヘタレプログラマーのボトルネックは実は知識や残業時間じゃなくて想像力なんだよ。)

そしてもっと好きなのが、自分が作ったものや自分がした仕事で他人が幸せになるっていうこと。誰も幸せにできないモノや、あまつさえ誰かを不幸せにするモノなんて作りたくない。

自分の奥さんを幸せにするとかっていうのはまたちょっとそれとは違ってそれは僕の力の及ばない範囲が大きいから、幸せにするっていうより一緒に幸せになるっていう感覚なのだけど。(新婚2週目)

[自分語り終了]

ろじゃあさんのモノヅクリに関するエントリー「ロータリーエンジンの血脈、広島の人の夢・・・プロジェクトⅩを揶揄する前に我々はやることがあるのではないか」
これらの「創る」そしてその後継続的に「作る」という姿勢が日本の若者に失われてしまって、シンボリックな作業をする者のみが残ってしまったら・・・・社会的インフラも維持できなくなってしまうぞえ。
と書かれていて思わず過剰反応を。日ごろから、誰かを幸せにしない仕事でボンボンホイホイ稼いで自分はちゃっかり幸せになる(*)人たちがいることにムズムズしているのでつい。悪気はないんです。

(*)僕は「お金がなくても得られる幸せもあるしお金がなくて諦めなきゃいけない幸せもある」「従ってある程度の幸せはお金で買える」と思っている。共感されない方はしなくて結構。

「モノヅクリ」が偉い、という感覚は僕にはあまりない。偉いのは「誰かを幸せにする」こと。少なくともRX-8を買った人、さらにロータリー萌えの人(ハイハイハイ僕も萌えてます、買ってないけど)はロータリーエンジンの開発チームのおかげで幸せになってる。
今世の中で成功しているハードウェアは、ほとんどがその持ち主を幸せにしている。だから偉い。

「お話しするだけ」のコンサルタントであっても、僕が以前クライアント側の一員として仕事したある方は純粋に偉い、と感じた。その人はあんまり話すのが巧くないこちらの担当者の事情を根気強く聞き、あるいは聞き流し、深く洞察して本質を想像し、短い期間にものすごい手間をかけて丹念な資料を作って実現可能な提案をしてくれた。ちゃんとこちらは幸せになることができた。

でもそうやって他人をちゃんと幸せにするコンサルタントってどれほどいるだろう?それでもなぜか企業は「お話」に百万、千万のカネを払う。偉くない。

お金を払ってお金を増やしてもらうっていうコストパフォーマンスが100%以上でものすごい儲かるサービスについても、そういうことがありえるのが資本主義であってそういうことがあるからモノヅクリも活きるのであってって、わかっちゃいるけどムズムズするのは僕がオコサマだからなんだって知ってるさ。

また、ちなみに偉くない「モノヅクリ」もある。世の中に虫のごとくはびこる大手中堅下請けシステム屋。「要件定義がころころ変わるから」「納期が短くて」いろいろ言い訳はあろうが、最初と最後だけを取り出せば、ようするに
何億円ってカネを払って、こちらは誰も幸せになってない。(誰も使わない、とか、無理矢理使わせられるけど使いにくくて死にそう、とか)
ってことだ。億単位のカネを、たとえばビルの内装デザインにつぎこんだら、結構幸せになるよ?ソフトウェアだとなんでカネが無駄になるのか。そのへんはまた今度。
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by tockri | 2005-12-15 12:16 | ├ かんがえごと

ウブで純真なお友達

ナイーブって世間知らずとか単純っていう意味らしいよ。繊細とか傷つきやすいとかはナーバスね。「こう見えてもあたし、ナイーブなんですから~」っていうのは二重に面白いことになってるね。

で、ナイーブなみなさんは大企業同士が協業したりってニュースを聞くと、もうたまんなくなって
「ってことはこっちの企業のコレとあっちのアレも連携するようになるのか!!」
とかって願望100%で先走っちゃうのだけど、企業同士が手を組むなんてのは組んだ反対側の手で殴りあってるのが当たり前で、っつか大企業にひとつの完全に整合された人格みたいなものを求めてもたいてい報われないので諦めたほうがいいと思うのだった。。
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by tockri | 2005-11-07 17:43 | ├ かんがえごと

新しモン好きの称号

キャズム理論がすっかり有名になって、要するに、世の中は商品カテゴリごとに「感度の高い、新しいものに積極的に反応する人」と「感度が低く、大勢に流されるだけか、または全く反応しない人」に分けられるっていうお説になんとなくみんなが納得している昨今。

人の行動を決定するのは、「その人の性質」と「その人がそうありたい、そう見られたいと願う性質」の合成なので、キャズム理論が有名になることによって
「自分はイノベーター、もしくはアーリーアダプターでありたい」
「フォロワーなんてかっこ悪い」
という心理がはたらき、キャズム理論が示した比率は少し前のめりに崩れているかもしれない。

とくに大都会で、かつ人とのつながり感を何よりも重要視する人々ほど「そう見られたい」という欲望が強いために、見かけ上のアーリーアダプターが増えやすい。


ここで倒錯的なのが、「アーリーアダプターだと思われたい」人にとって、自分がつまり新しモン好きだとアピールするためには、周りのみんながそれを知っているか、またはテレビの人気者が紹介したりしてて、なおかつまだ経験していないというのが必要条件だということ。誰も知らないようなものを食べたり見たりしてケータイでチャリーンとか証拠写真撮ってもダメなんですよ。みんなが知ってるものでないと。

けっ、カッコ悪。


かくして刹那的なブームはより刹那的に、よりバカバカしく、消費される側の消耗はより激しくなっていく。さぬきうどんブーム後の香川県を僕は憂いている。おばあちゃんが一人でやってるような店に行列を作るな。
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by tockri | 2005-10-31 12:42 | ├ かんがえごと

議論好きはマゾだ

昔、嗚呼もう6年も経っちゃったのか、学生時代に通ってた店で
随分年上の飲み仲間と話していたとき
「議論好きなんてのはみんなマゾだ。徳利君マゾだよな」
「そういうタナカ(仮名)さんもマゾですよね」
なんてえ会話があった。

酔った勢いで組み立てた自分なりの論理がひっくり返されるのが
気持ちよくってその人とはトンデモ議論ばっかりしていた。

お題は何でも良かった。新聞に載ってたなにかの事柄でもいいし、
ウィスキーは水割りがいいかロックがいいかでもいい。工学系(僕)と
哲学系(タナカさん)の接点であるところの理論物理だったこともある。

相手の知り得ない領域まで逃げ切ってしまわないのが暗黙のルール
だったように思う。自分の言ったことがちゃんと理解されない
なんて状況は当然望むはずもない。まして相手の言うことの断片から
なんとなく連想したことについて言いたいことを並べるだけとか、
そんなのは僕たちの認識ではそもそも議論でもなんでもなかった。

大事なのは「ぎゃふんと言わされること」だった、そういう意味では
やっぱりマゾかもしれない。
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by tockri | 2005-10-25 03:05 | ├ かんがえごと

権利と自由と謙虚と他人の土俵

「権利」とか「自由」とかってコトバを何も判らんガキまでが使い出すようになってから、どうもよろしくない連中が増えたんじゃないのかと思う。よろしくない、で悪ければ、僕が嫌いな連中、と言い直そう。

連中は「権利」「自由」というコトバを主に自分のためにだけ使う。
連中は自分の自由を行使することが他人の生活、心情、自由を侵害する可能性について想像しない。
連中は他人の領域に踏み込んだときにまず他人の作法を観察し学ぶということをしない。

連中は他人の表明に対する「批判」(カッコつき)はしても、真にオリジナルでクリエイティブな「生産」をできない。

だから連中は他人から奪う。そしてタチの悪いことに奪っていることに無自覚だ。


僕はまだ見ぬ自分の子供に、「何でもしていい自由なんてのは幻想で、1の自由があるときには99の制限があると知れ」と教え込もうと思う。
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by tockri | 2005-10-17 12:35 | ├ かんがえごと

「売り方」:「作り方」>20:1 !?

2005年東京国際自動車会議: 滑り出し好調なレクサス、喜ぶ人あれば悲しむ人も

いつも楽しい浜田基彦さんの「走る曲がる止まる」。クルマそのもの、とりわけ技術への愛情が伝わってきて僕はダイスキです。


今回はトヨタソアラをレクサスSCに名前変えてお店を変えて営業スタッフの接客などなどを変えたらなんと前月比20倍のバカ売れですよっていうお話。


「いい物を作れば勝手に売れるのだ」という神話がすでに終わってるってことをこんなに端的に裏付ける実証データって、確かに今まであんまり無かった。(全く無いってわけでもないけど。ファッション業界とか。)

自動車みたいな高価な工業製品については、買う側だって自分の財布の都合のなかで用途や好みにあわせて一生懸命調べて比較するわけだし、「売り方」と「作り方」のどっちが売り上げに大きく影響するかって言えば、うーんどっちなんだろうねという話はずっとあった。


僕たちモノヅクリの(いや別に僕クルマ作ってるわけじゃないけどさぁ)人々は「いい物を作る」ことに喜びを覚えてはいても、やっぱりそれが売れないんじゃガッカリなので、やっぱり「いい物を作ることは売れ行きにつながるんだ」と信じている。もちろん「いい物を作れば何もしなくても売れる」なんて夢は見ていない。いい物を作ったと思っても売れなかった経験なんていちいち数えるまでもないし、ブランドマネジメントやマーケティングの重要さは骨身に沁みている。

それでも、なんとなく、商品の売り上げに対する「作り方」と「売り方」の貢献度の割合ってのは、1対1か、まあ言っても2対3くらいで売り方優勢なのかな、ぐらいの気分ではいたわけだ。

もし今後もソアラ改めレクサスSCが売れ続けるようなら、実は今の時代ってのは、その比が1対20とかそれ以上になっちゃってるんじゃないのか、という、モノヅクリ大好きな人々が薄々感づいて恐れていた仮説の検証データのひとつになってしまう。

「とことんいい物を作る」から「悪いものを作らなければいい」というふうにモノヅクリの姿勢が変化していくことは危険だ、という感覚はもちろん僕も持っている。でも、だって、それただの感覚で実証されてないもの。検証データゼロだもの。検証データがひとつでもある仮説が圧倒的に優位だ。いやな世の中だよマッタク。



それにしてもこの浜田さんのブログ、いつもどうにもコメント欄が楽しくない。今回も筆者が「営業力」と表現しているものについて、コメント欄に書き込んでる全員が勝手に「営業力=営業スタッフの売り込み腕力」で、ブランディングやマーケティングを含まない、とオレ解釈して、そのオレ解釈に向かって一生懸命イチャモンをつけている。

前の記事もその前の記事も、あんまりひどい作法では言い返してこなさそうなとこに向かってパブリックっぽい場で「批判」(カッコつき)したいっていう欲望に忠実な皆さんが実に自由にオレ解釈を披露している。あ~あ。げんなり。

僕のこの記事も自由な解釈で「批判」(カッコつき)しようと思えばやりたい放題だ。でもいっぱい書くの面倒いからいいやこれで。送信。
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by tockri | 2005-10-13 12:19 | ├ かんがえごと

そないに目くじら立てはらんでも

よろしいやおまへんか。


政治家が無能、官僚が無能、教師が無能、学者が無能、編集者が無能、みなさんの言わはることみーんな間に受けたら日本中がアホだらけみたいですがな。

学級崩壊が増えて体罰が増えたのは教師が無能なのが悪い。はあ。そらご立派ですわ。ほいでどないしたら生徒たちは幸せになれますか。
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by tockri | 2005-10-04 12:23 | ├ かんがえごと

政治ミーム2

bewaadさんの「政治ミーム」理論構築ゲームゲーム参加申請をいれてみたところ理論構築ゲームの続きの返答をいただきました。(トラックバック再開おめでとうございます)

他の高度に専門的なエントリのほうで忙しくされていてもちろんお仕事も忙しいのにこういう雑談(または与太)につきあっていただくのが申し訳なかったりしながら、楽しくてつい書いてしまう私を許して~
征服や革命はミームに内在する政権交代スキームというよりミームの淘汰であるとwebmasterは考えながら先のエントリを書きました。
なるほどなるほど。ここはちょっと政治ミームの扱いの違いがあったようです。というか、言葉の定義について発案者にたてついてどうするんだ>自分

僕が「君主制ミームにも征服などの政権交代は含まれているのでは」と書いたときには、征服と革命は完全に別のモノととらえていました。ミームの定義より、政治ミームを
その統治形態をよしとして受け入れる、あるいは使用して統治する心のあり方
のように考えています。

まず征服について。君主制ミームが社会を満たしている社会では
  • 政権交代を目論む人は「今の君主はダメだから(あるいは弱いから)オレが新しい君主になってやる」とは考えても「君主制をやめたほうがいい」とは考えない
  • 被統治民は「新しい君主様になってくれたら少しは暮らしが楽になるかのう」とは考えても「君主制をやめたほうがいい」とは考えない
という状態があって、そこでおこる政権交代が征服。日本の国盗り合戦とかフランス百年戦争みたいなのをイメージしてます。ここではミームの淘汰は起こっていません。

革命について。君主制ミームが蔓延している社会において突然変異的に誰かが「誰が君主でも同じことだ、共和制っていう新しい政治のほうがいい」という新しいミームを生み出し、当時はそのミームに環境適応性が高く淘汰されずに蔓延して君主制ミームを淘汰し、結果的に政権交代がおこり制度が変わってしまうのが革命。

要すればあるミームがどれだけ不安定であるかは、不満を持つ人口の全人口に対する比率と不満の量との積で表され、その積を減らすように変異する方が存続する確率が高いということに他なりません。
という、この部分には異論はまったくありません。

しかし、返答頂いたエントリの後半でだんだん「政治ミーム」=「制度そのもの」になってしまっているように思えます。それではせっかく「ミーム」ていう面白いものを取り出した意味が薄れてしまうと思います。政治ミームと制度はちょうど遺伝子と表現形質の関係だとしたほうが面白いのではないかなと。
そのため、
今のところ立憲民主政は、現政権への不満が制度(ミーム)への不満とイコールでないという点において、それがイコールである程度が高い他のミームよりも現在の環境では淘汰されずに生き残りやすいというに過ぎません。
というところで立憲民主政ミームの強さについて僕がbewaadさんと同じ点をイメージできているかちょっと自信がないです。

僕は「そういう悪い政権を選んだのは自分たちじゃんか」という責任転嫁というか、不満の矛先がぐるっと回って自分に向いてしまう構造を持っている点で立憲民主政が政治ミームとして(生き残り能力で)優れていると思います。あと、ミームには(ちょうど人間の遺伝子のジャンク部分に太古の生物の遺伝子配列が含まれているように)記憶があって、過去の制度のよくなかった点をちゃんと覚えていて、そちら方向に振れそうになるとブレーキがかかる性質もあるため、新しい政治ミームになればなるほどよっぽど強い別のミームなり環境の大変化がない限り淘汰しにくい、なんていうのもどうでしょう。

えー、僕すでにbewaadさんの所期の目的であった「総選挙を論じる」から外れて「理論それ自体の面白さ」を求めてしまってましてどうもすいません。
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by tockri | 2005-10-01 13:11 | ├ かんがえごと

優秀な新人

「わからないことをそのままにせず、興味と向上心を持って勝手に成長していく」ようなのが出来のいい新人だと言われることが多いと思う。

それで「わからないことがあってもなんとなく待っていて、絶えず引っ張らなきゃいけない」ようなのとは別の人種のように論じられることが多いと思う。

でも違うんだよきっと。その「出来のいい」人は、最初からそうだったわけじゃない。そして「出来の悪い」人は、今後もずっと出来が悪いわけでもない。

両者の違いは、会社に入る前までの人生のどこかで何かのきっかけによって「出来が良く」なったかどうかなんだ。「出来がいい」人は自分のことを思い出してみるといい。人生のどこかにターニングポイントがあったはずだ。(ちなみに出来がいい僕の「そのとき」はたぶん小学校のときの進学塾)

それならば新人を迎えたときに先に会社に入っているこちらがやるべきことは自明だ。すでに「出来が良く」なっちゃってる人はそのままでよくて、まだなってない人にはそうなるきっかけを、なんとかして与えること。「そういうことは自分の努力によって」とかなんとかいう観念論はとりあえず脇においといて、だって出来がいい人が多いほうがこっちは楽でしょうに。

もちろん、会社内でありえる全ての方法できっかけを与えようとしてもスイッチがそこにない人もいると思う。実はその人のスイッチはNGOでボランティアで貧困を目の当たりにすることだったのかも知れない。そのときはしょうがない。

僕は最初の時点で出来上がっちゃってる人以外を「無能」よばわりしておきながら「有能」に脱皮させようとしない態度を怠慢、あるいは物忘れが激しいと看做す。
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by tockri | 2005-09-29 11:06 | ├ かんがえごと

なぜならば

水たまりで人が転んでるのを見て、そこにチャリンコで踏み込んで追い打ちで水をかける人なんてなかなかいない。

でもブログでちょっと人が(とくにPVの多い人が)おかしなこと書いてたりすると言葉尻をとらえて微に入り細にわたって掘り起こして指摘して糾弾しようとする人が結構いる。
# 大抵その言葉にツッコミどころが多すぎて泥沼になるのだけど

つまり、それほどまでに、「~~よりも賢いことを自分と世界に示す」快感は抗いがたい魔力を持つのだ。


せいぜい天秤におもりを載せる遊び程度で満足しとけばいいのにね。
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by tockri | 2005-09-24 10:30 | ├ かんがえごと
 
移転しました。
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