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気色悪い

背景に「経営モラルの欠如」73%…読売世論調査 : ライブドア : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
読売新聞社はライブドアの証券取引法違反事件を受け、27日から29日にかけて緊急全国世論調査(電話方式)を実施した。

 それによると、事件の原因を「経営者や企業幹部のモラルの欠如」と見る人が73%に達し
すげえ、大規模井戸端会議!

新聞社ってのは、起こった事件の原因について記事に書くときは、警察とか地検とかの捜査状況や独自の裏取り調査をもとにするんだと、僕は思ってた。

まさか不特定多数の無関係な素人に「事件の原因はなんだと思います?」なんてバカなことを聞いたりするとは思わなかった。びっくりしたあ。
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by tockri | 2006-01-31 10:03 | ├ かんがえごと

男はみんなモテになれ!

お姉さんの「男の恋愛相談室」
新婚だしモテ方面にはとりあえず用はないのだけど、これおもしろいなあ。

いっこ下の女性が書いている文章で、攻撃的で容赦ない。

お姉さんの「男の恋愛相談室」 :人間は見た目ですより。
昨日の私のブログにみなさんが書いてくれたコメントは、しみじみ面白かったよ。
本当にありがとう。今日は、もっと解り易くはっきり書くので読んでください。

「人間は見た目です。男ももちろん見た目です。見た目がカッコイイ男はモテます。
女の見た目をどうこう言ってる前に、自分の見た目を磨きましょう!」
いっそキモチイイって。ごめんなさいって感じ。コメント(48)とかになってて変なのがいっぱい釣れてるけどめげずに走り続けてるのも偉い。

とりあえず髪きりにいこうと思った。
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by tockri | 2006-01-30 10:47 | ├ かんがえごと

情報クリーン作戦

[economy]自分で判断することの非合理@bewaad Institute@Kasumigaseki

bewaadさんにとりあげられたとたんにアクセスが開設以来はじめての一日100人越えを記録しておお、とびっくり。普段一日10人とかだからねえ。

さて
これって実はソーシャルキャピタルのことではないの、とwebmasterは思いました。ソーシャルキャピタルとは乱暴に言えば社会的な人的つながりのことで、それが充実していれば全体としての生産性が上がります。
新しい言葉を覚えました。ソーシャルキャピタル。それってなんだろう、と思って検索してみるといろいろひっかかる。

大阪大学山内先生のインタビュー(pdf)
なぜ今ソーシャル・キャピタルなのか -前編-:コラム「研究員のココロ」
なぜ今ソーシャル・キャピタルなのか-後編-:コラム「研究員のココロ」

なるほど。信頼のネットワーク(とか書くとどっかのCMみたいだ)。そういうものって、今までの日本には、欧米やアジア諸国に比べてたくさんあったんじゃないかと思うのだけど、どうやらだんだん崩壊しつつあるみたいで残念でならない。ほんとに。今まではスムーズに適用できた政策もこれからは適用しづらくなっていくってことだ。みんなが自分ひとりの効率を追い求めることによって社会はどんどん非効率になっていく。アーメン。


さて、また「知ってる」「知らない」の話に戻って、トラックバックをいただいた
公開してはいるけれど-秋山薬局(仮)
に関連してもう少しだけ考えたことを。

「面白い」「面白くない」の軸で価値を判断する情報については、この記事ではいったん考えの外に置くことにして、「役に立つ」「役に立たない」の軸で判断する情報について。たとえば今日の八百屋さんの特売情報とか、国民健康保険の掛け金とか、法律とか。

ひとつの情報を入手するのにかかる時間はインターネットとGoogle様のおかげでものすごく短くなって、ってことは人が1時間当たりに入手可能な情報量っていうのはかなり増えたことになる。

それなのに、法律みたいに難しかったり、テレビや新聞みたいに嘘(*)が書いてあったり(坊主にくけりゃ袈裟まで・・・@ふぉーりん・あとにーの憂鬱)、あちこちのブログみたいに文字が細かくて読みにくかったりする情報がたくさんあって、「コレが知りたい」と思ってからちゃんと把握できるまでに結構時間がかかってしまう。

(*) 「ライブドアが○○という行為をしてました」という部分は嘘じゃなくても、それを使った「あいつらは悪者!」ていう誘導が嘘、という意味で。


もうこれって、罪なんじゃないだろうか。

受け取るまでにあまりに時間がかかってしまう情報。情報入手を妨げる情報。そういうのって、それだけ社会全体が支払うコストを増やしてしまう「悪いこと」だと思わなきゃいけないんじゃないか。

駐車違反が交通渋滞を引き起こしたり、家の前の雪かきをしないと通行人みんなが迷惑するのと同じ。

「わかりにくいのは良くない。」
「間違ってたりあやふやな情報を流すのは良くない。」


その考え方にたって、情報の提供(公開)側はまず、わかりやすくて受け取りやすいことに配慮する。それにはコストがかかる。でもそれをしないことによって社会が支払うコストに比べればずっと少ない。
そして情報の受け取り側は、その受け取りやすさの価値を認めて、細かい例外規定が全部書いてないからって重箱ツッコミとか長文クレームメールとかをしない。
情報を生産する側も、たとえばルールなんかは出来るだけシンプルにする。ルールがシンプルであることの価値は、昔に比べてはるかに大きくなっている。ルールがシンプルなおかげで細かく生じる個別の不利益は、ルールが複雑になることで生じる全体の不利益と比較して、我慢するとこは我慢する。


みんながちょっとずつコストを払って情報の流通量じたいを減らしたり、障壁を取り除いたり、整理された状態にしたりできたらいいなと思う。

法律で罰してもらわなきゃできない、なんてアホの子じゃないんだからさあ。


そんな夢物語を、って思う?でもみんな身の回りの掃除ぐらいはするでしょう。身の回りの情報を、気持ちが悪いからクリーンにしようっていうだけなんだよ。

こういうことが成り立つ社会ってのが、ソーシャルキャピタルが形成された社会ってことなんだろう。
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by tockri | 2006-01-27 14:27 | ├ かんがえごと

情報公開とかガラス張りだとかのこと

いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」:「日本の、これから」の増税論議より。
彼女は、自分が知らないことは「政府は情報を出してない」と決め付けていたが、本当は公開されている内容ばかりだった。
国民の多くは情報を持っていないので、正しい道筋に沿って考えることが難しくなっているのだと思う。メディアの論調にしても、肝心なことや正確な情報提供ということに問題があるだろうと思った。知らないということが、多くの誤解を生んでいるのだな、と。

これが、なんだか世の中って難しいよなーと思うことのひとつ。前にも書いたことの繰り返しになりそう…

最近はどうもいろいろと自己責任ってことで、「選択肢は調べればたくさんあったのにそれを選んだんだから自業自得だ」とか「一般大衆に知識がないのがいけない」的に言う人がとても多くて、それ自体は反論のしようも無いほど正しいことに思える。僕も実際「経営者にITの知識がないから無駄な開発が増えてダメなシステム屋が増えて」みたいなことをどこかに書いた憶えが。

こんなにインターネットが普及して、政治にしたって企業の会計情報にしたってちょいとGoogleで検索すれば座ったままで見ることができるようになった。

それでも、今後税金が上がれば「なんでこんなに税金が上がるんだよ、何に使ってるのかちゃんと公開しろよ(←もちろん公開されてる)」とか「こんなに生活が苦しくなるなんて聞いてない」と言う人は多いだろうし、なにかイレギュラーなことが自分の身に起これば「なんでもっとちゃんと学校とかで教えといてくれないんだ」となるし、○○の専門家は「なんで一般人はこんなに○○のことを知らないんだ」と言うだろう。

いったい一人の人間はどれだけのことを知ってなくちゃいけないんだろう。

企業や政府や専門家は情報を公開している。もちろんわかりやすいのから理解不可能なのまで色々あるにしろ。
いっぽう僕には僕の生活があって、プログラムをどう書くか一生懸命考えたり、奥さんと一緒にどこに遊びに行こうか考えたり、そうそう「全てのことについて」調べて理解して、とやる脳の空き領域が残ってない。
テレビを見るにしても、いつもいつもニュース見てるんじゃなくてピタゴラスイッチだって食いタンだって見たい。ゲームだってしたい。

こんな怠惰な僕なので、今の世の中では社会的な何かで不利益を被ったときには「自己責任だ、知識が足りないお前が悪い」と言われて何も言い返せないんだろう。

「君はそんなに何でも知ってなくていいんだよ、ちゃんと専門家が一番いいようにしてくれるからね。かわりに君は君の仕事をきっちり頑張ってくれ」と言ってくれる社会は共産主義っていうのか。ちょっとうらやましい気もする。いや、それが成り立たないっていう理論は知ってるんで。ご心配無用。

次善の策として、「知らなくて損をしても、人のせいにしないで、反省して次に気をつける」「知らなくて損をした人を責めない」っていうのは実現できないもんだろうか。これから先も、「公開されている情報」は「個人の知識許容量」をずーっとずーっと超えていくんだから、知らなくて間違えるのなんて当たり前だと思えばあんまりヒステリックにならなくて済むんじゃないかな。

間違えたっていいじゃない。僕も算数間違えた(まだ根に持ってる)

みんなもうちょっと他人に優しくなろうよ。ってなんだこの結論は(笑)
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by tockri | 2006-01-24 11:53 | ├ かんがえごと

そういえば服のことで不思議なこと

これは昔からの疑問なんだけども。

大学生のころ塾講師のバイトでスーツネクタイ着用が義務付けられていた。バイトを始めた当初は事務の(元ヤンの)姉さんに「七五三みてえだぞtockri~」と冷やかされてたのが、何年か着続けてるといろんな人に(初対面に近くても)「tockri君てスーツ似合うねえ」といわれるようになった。

大学生のころセミプロみたいな手品師みたいなことをしていた。お客の前に出るときはいつも一風変わった衣装。しぜん(たぶん感覚が歪んだんだ)、普段着も夏は派手なアロハとか、少しカブいた格好をするようになった。最初のうち「また変な服着て」と言っていた友人たちもやがて何も言わなくなった。で、今。そのころの僕を知らない妻は「変な服が似合う」と言う。

この現象って、なんなんだろう。周りの人が慣れていくってだけじゃなく、服に体とか顔とかがなじんでいくのか。不思議だ。
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by tockri | 2006-01-20 15:18 | ├ かんがえごと

脱オタ!

Googleで「脱オタ」で検索していろいろ見ていた。いや、自分は別に困ってないけどどんなもんなんだろって。どうしてもメタ方向に掘り進んでいってしまう性癖の人たちなのでいろんな葛藤があるようで、要するに…いや要しちゃ悪い、各々いろいろ考えてるね、と。

ちょっとだけ興味を持ったきっかけはPiroさんのブログから。

「電車男スタイリングバイブル」っていう本の著者の菊池さんが、オタクとかギークとかの界隈で有名なPiroさんを大改造☆

っていう、それだけでもうすでにオモシロい企画で、いやーこういうのを当事者たちがブログで公開してみんなで面白がれるっていい世の中だなあと思うほんとに。

で、そのプロジェクト実行結果をPiroさんが「例の変身プロジェクト」という記事でおもしろおかしく報告。
エエカッコしないところがすてきすぎる。
ここが目的の店だと言われる。びびった。ていうか年中下ばっか向いて歩いてる卑屈な人にはこのお店は不可視の結界が張られてるも同然ですよ! ていうか僕らは普段意識の中からこの手の店の情報を全て追い出している(その代わりアニメ絵には鋭敏に反応する)から、店の存在に気付くことができない。
とか、
見る間になにやら格好いい感じに髪が流れていくのな。何この手品。プロって恐ろしいわ。
とか、
いわゆる一つのアメリカ村?
とか、
何この店。物の陳列スペースより通路の方が広いってどういうことよ。これはもはや敵性文化だ(過剰反応)。
とか。ニコニコしながら読んだ。

なんだろう、関西人のDNAには自分を落として笑っていただく遺伝子が組み込まれてるんだろうか、こういうオモシロ話をそのまますればそういうの好きな子には普通にモテるよねえ。少なくとも自分が笑われるのが耐えられなくてなにもかも斜めに見て知ったかぶりでしか発言できない人よりは。ま、実際この方彼女がいるそうだしね。

なのにコメント欄はなんだか殺気立っているか、あんまり喜んでいない感じ。え~。オモシロかったじゃんか!


ところで「脱オタ」って、僕はてっきり「その趣味をやめちゃうこと」だと思ってたけど、いろいろ読んで回ってみるとどうやらそうではないらしく、「その趣味はそのままで、見た目キモがられないようにする」という意味で使ってる人が多いらしい。そうだったのか。

スーツとか着るといいんじゃないかな。
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by tockri | 2006-01-20 09:31 | ├ かんがえごと

災害時の東京

c0041583_120420.jpg朝のテレビで、災害時には東京の道は歩いて帰りたい650万人の人でいっぱいになり、最も混雑する場所では1平方メートルあたり11人の密度になるだろうって言ってた。歩いて移動することすら不可能な混雑。こええ。

山手線がすっぽり入る長方形をGoogle Mapsで作ってみると、だいたい南北15km、東西8kmになる。こんな狭いとこに何百万人がひしめきあってる時点で頭おかしいとしか思えない。しかもこの長方形、20%ぐらいは海だし。仮にこの面積に200万人が入ってたとして(東京都昼間人口の1/6)、みんながビルや地下から出て地面に並んだとすると一人当たり17.6平方メートルしかないことになる。

全員が道路に出たとすると、そのまた15%(道路率)なので一人2.6平方メートル。2畳弱か。大地震なんかで看板が落ちたり建物が壊れたりして通れなくなる道はいったい何割あるだろう。

そうだ、いいこと考えた。

東京に住まない、東京で働かないっていうのはどうだろう?

いや、冗談でなく、だってどうにもならないじゃない。いくらみんな大好きな国とか自治体とか自衛隊ががんばったって、無い面積を増やすことはできないんだから。
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by tockri | 2006-01-18 12:17 | ├ かんがえごと

自分さがし

前の会社にいた頃、常日頃から「この会社が潰れたら2ヶ月ぐらいお遍路さんをやるんだ」と言っていた。

結局、潰れる前に他の会社に移っちゃったので(前のとこは今も潰れてないし)お遍路さん願望は満たされずにいる。いつかやろう。


センチメンタルな「自分さがし」のためになにか苦行をするというのは、僕は(僕を血も涙もないロジックオタクだと思っている人にとっては意外なことに)それほど否定的じゃない。

少なくとも家で閉じこもってるよりはなにかドラスティックな経験をしたほうがなにか起こるかもしれない、なにかわかったような気分になるかもしれない。

実際、工場で二勤制で働いた経験とか、手品師とか、自転車部とか、ちょっとだけ珍しい経験は僕の思考の方法に影響を与えている。

ちょうどビリヤードで素人が行き詰って「なんかどっか入れ」とばかりにオモクソ突くようなもんで、最悪でもスクラッチ程度で、まあ素人同士のビリヤードでそれ一発で負けるようなことはないんだし、やっとけばいいんじゃない?ということ。
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by tockri | 2006-01-11 10:42 | ├ かんがえごと

スキルアップとかいう言葉

キャリアアップ、スキルアップ、どうもそういうのが気持ち悪い。

「今の仕事を続けていてはスキルアップできない」
とかそういう文脈で語られる。

彼がイメージしているスキルとやらはどういうものなんだろう。なんのためにスキルとかいうものをアップさせたいんだろう。ファイナルファンタジーで新しい魔法が使えるようになるみたいな、今まで倒せなかった敵があっという間に倒せるとか、そういう劇的な変化を求めてるんだろか。

そんなスキル、ありませんて。


それともただITの資格とかそういう「他人から見て」○○ができる、みたいなことを求めてるんだろうか。でもどんな仕事してても資格は取れるよなあ。まさか日常の仕事を普通にこなしているだけで資格試験の勉強にもなってしかも資格を取ればご祝儀が出て一石三鳥ウマウマウマーみたいな妄想を繰り広げてるんだろうか。

夢がかなうといいですね。


どっちにしても「スキルアップ」→「楽しく仕事できてお給料高い」→「シアワセ」の図式って、そのスキルとかいうものを「その人にとって」正しく評価してくれて、「その人にとって」適正な給料を払ってくれて、「その人にとって」楽しい仕事を割り振ってくれる、そういう空想上の会社が前提になってるように見えてしまう。

あえて「スキルアップ」なんて名前をつけなくても、「仕事に必要なことができるようになる」のは仕事やってれば当然だし、それ以外のいったい何をアップさせたいと言ってるのかいまいちわからない。

僕の文章も何が言いたいのかわからない。新年からグダグダです。
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by tockri | 2006-01-10 12:12 | ├ かんがえごと

やりこみと解脱と念仏

芸事やスポーツ、武道など、稽古と熟練の必要な分野で大成した人というのは一種共通した何かを持っている。そんなことを、押尾コータローのCDを聴きながら思った。

後に(僕の好むやり方で)大成する運命にある人は、ある時期にとんでもない集中力で、たっぷりと時間をかけて、それこそ寝てもさめてもそればっかりを突き詰めていく。

ただ集中して練習するだけではなく、試行錯誤を繰り返し、いろんな限界に挑戦して、あるときは失敗したりして、でもめげないで、ひたすらに自分の内側やその対象の深遠に向かって掘り進んでいく。その姿は傍から見れば狂気に近い。

ギター一本でボレロを弾いてみたりするのも、ただボレロをやりたいなら二人とか三人で弾けばいいようなものだけど、そういう行為には人に説明できるような理由はなく、「やりたいから」だけなんじゃないかと想像する。
イチローがバッティングフォームに試行錯誤するのも、世界的に有名なある手品師が若い頃にひたすら巨大トランプを出し続けたのも、そういう時期のことであって、逆に言えばそんな「まだ途中」にあるにも関わらず一定以上の成果を残せてしまうほどの狂気の強さが、(僕の好む種類の)大成には必要なのだろう。

また、直接的な成果(音楽性とか、打率とか、入賞とか)が芳しくないとしても、そういう狂気の様そのものに魅せられてしまう人もいて、そういう人は後で少しさびしい思いをすることになったりもする。


そして、そうやって突き詰めていったある頃、急に彼は「解脱」あるいは「方向転換」する。僕にはその世界を想像することが難しいけれど、その結果はわかる。彼がギターをポロンと一音鳴らせば観客はうっとりとし、彼が力まず打った打球はことごとく内野手の間を抜け、彼がトランプをただファンに開いただけでどよめきと拍手が起こる。

その状態に達した人を数値的に分析していけば、弦に爪が当たる角度や音符のカドのところの数十分の一秒の出し入れだとか、バットの始動時期と視界の移動とか、体の使い方と手の表情と目線の配り方とタイミングだとかそういうものになるのかも知れないけれど、その極意を直接に求めていたのではおそらくそれを手に入れることはできず、結局あの狂気の時期の延長線上にしかないのだろう。


違うようで同じなんじゃないかと思えるのは法然上人が言った言葉で、上人が死ぬ間際に、つまり彼が自らの信仰の総決算として遺した文章にも「ただひたすらに念仏すべし」とある。中学で(浄土宗の学校だったので)習ったときにはそんなことでいいんだろうか、ただ唱えるだけじゃだめなんじゃないのかと思ったものだが、きっといいんだろう。そのかわり意味とか全然わからなくても、それこそバカみたいに唱えまくるんだということなんじゃないだろうか。


ちなみに僕が手品や大道芸をやりこんでいた時期は非常に短く、傍から見ればバカじゃないかと思える程度にはやりこんでいたけれど、大成するにはまったくもって全然浅く、その上「解脱した人」を間近で見てしまったときに楽をしようとして極意を直接求めようとしてポキンと折れてしまった。ヘタレだった。
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by tockri | 2005-12-28 12:51 | ├ かんがえごと
 
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by tockri
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