2006年 05月 30日 ( 1 )

僕が経済学を胡散臭くないと思う理由

「経済は人の集合が生み出す物で、人はみんな違う考え方をしてるんだからそんな簡単な数式に落とせるはずがない」
というのが、経済学を胡散臭く感じる人々の意見らしい。各個人の多様さ、およびオリジナリティを無邪気に信じていらっしゃるわけで、それはそれでまあ、そう思っていることを止めはしない。

僕は、人ひとりのオリジナリティなんてのは多くの場合大したことないと思う。

「自他共に認める変人」なんていう人も、どの学校にも一人や二人はいて、そういう人の話をすると「ああ、ああ、そういう人うちの学校にもいたよ」なんて、つまり数百人に一人レベルのユニークネスなんであって、ぜんぜん大したことはない。自分で「あたし不思議ちゃん」て思ってる「フツーの人」の数なんてなるとその何倍にもなる。

よっぽど突き抜けちゃって何万人に一人、日本に一人、世界に一人、なんていう大変人もいることはいるだろうけど、しょせんそんな人は一人ずつぐらいしかいないので統計上はゼロになる。

「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」なんて幻想だ。十人十色というけれど、百人なら百色にはならなくて、たぶん三十色ぐらいになる。千人で百色とか、つまり各個人の「違い」なんてのは、机上の議論でも十分カバーできる程度の範囲に収まるのだと思う。

ミクロに観察する場合「バラの木には一つとして同じ花はないのだよ」と言えたとしても、大ざっぱに見れば「全部バラじゃん」。いきなりサクラの花がついてたりはしないもんだ。


空気中の分子はそれぞれがバラバラの方向、スピードをもって飛んでいるが、各分子は気体でいられる程度のスピードしか持たないし、三次元や壁に制限された方向しか持たない。だから「1リットルの空気」として平均してしまえばたった一つの温度、圧力の値で語ることが出来る。

人間だって、「想定の範囲内」のユニークネスが集まるとき、その集まりは「集合」としてシンプルなモデルで扱うことが出来るのだと思う。経済合理性とか、マクロ経済理論を(っていうか勉強してないけど。そういう物に依拠したお話を)すんなり受け入れられるのは人間を集合で扱うことに違和感を感じないからだ。
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by tockri | 2006-05-30 10:26 | ├ かんがえごと
 
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