破綻の証明

江島健太郎さんのブログからトラックバック。記念すべき初トラックバックは大手サイトからでした。
私は大事なことを伝え忘れたようです。

「ロジックは共感のためにある」ということです。裏を返せば「共感の得られないロジックは存在価値がない」あるいは「ロジックの正しさは手段であって目的ではない」ということです。
ふむ。共感=コミュニケーション成功、と読み替えてもよいと思うのでこれには同意。一般相対性理論なんかはあんなにヘンテコな、とても共感できそうにない世界を描いたのに、みんなが認めるロジックに従って数式を変形していった結果だったからみんな受け入れるしかなかった(しぶしぶ共感せざるを得なかった)例になるのかな。
しかし、対人コミュニケーションにおいてロジックが果たす役割はむしろ狭い領域です。
ビジネスでも科学でも恋愛でも、最後は泥臭い人間関係が決め手です。だからこそ、共感を得るには「ロジックの正確さ」よりも「物語の面白さ」なのだということ(それが欺瞞含みだとしても)を伝えたかったのでした。
いや、それはちょっと。ビジネスと恋愛に関してはロジックよりも物語の面白さ、でマルだと思う。ロジカルすぎると却ってうまく行かなかったりするし。でも科学だけは、科学者だけはどんなにつまんない物語だったとしてもロジックと心中しなきゃいけないはず。
ワトソンは今なおゲノム解析こそが人間理解への唯一の道だと思っているでしょうし、世の中の問題は計算やロジックで解決できると思っていることでしょう。
もしもみんなの認めるロジックの積み重ねで「ゲノム解析が人間理解への唯一の道だ」と証明されてしまったら、たとえビジネスマンと恋人達が大声で反対しても科学者だけはそれを信じなければならないはずだ。

もっとも、そんなややこしいことの証明にはどこかで必ず単純系と複雑系の境目みたいなところがあって、その辺りで分岐した別のロジックによる証明が成り立ったりしてやっぱり「ゲノム解析しなくても人間は理解できうる」とか「そもそも人間は理解できない」とかの余地が生まれるんだろうけど。そんなんなくても不確定性原理が恋人達の強い味方になるのかな。

さておいて。

もともと僕が気になっていたのは、例えば物理学上の命題であれば、ロジックの積み重ねで得られた結論が系の境目を乗り越えたことで破綻しているかどうかを知る方法として
  • 実験・観測してみる
という方法があるけれど、哲学上の命題、たとえばヴィトゲンシュタインの「言語を理解するとはこういうことだ」みたいな主張が妥当かどうかを知る方法は
  • 自分の経験に照らし合わせて納得する
しかないんじゃないかってこと。んで、それが仮に納得できたとして、次に来る「ヴィトゲンシュタインによれば理解はこうだから、…世界は人間の意識から成り立っている」みたいな、どうやったって経験に照らし合わせられない命題はどう受け取るべきなのか、ってこと。

ロジックとしてはあってる。あってるんだけど、なんだか境目を乗り越えてるようにも思える。でも確認できない。これが相対性理論の重力レンズみたいに観測可能ならいいのに…!ていうジレンマが起こってるんじゃないのかなあ。
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by tockri | 2005-02-01 02:50 | ├ かんがえごと
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