QED 神器封殺

高田崇史。

いつのまにか11冊目になっていたQEDシリーズ。このシリーズを読んでいると、あと京極夏彦とかも併せて読んだりすると、日本人の「神」への対し方というのはそういうことなのか~と洗脳されていく。こういう説がアカデミックに価値のある説なのかオハナシとして面白いだけなのか、歴史とかに知識の全くない僕には判断つかない。

ともあれ僕は日本人が神を祀るというのは鎮魂であり、呪縛であるというのを信じた。キリスト教やイスラム教のような帰依の対象、規範としての存在ではなく、非業の死を遂げた人たちがタタらないように封じ込めておくために祀る。だから日光東照宮で家康が睨みを利かせる場所に秀吉がいるし、太宰府には菅原道真がいて厳重に祀られて(封じ込められて)いる。

昔からそうしてきたというのなら、じゃあもっと昔、天照大神や素戔嗚尊、大国主命なんかも、朝廷-天武天皇に滅ぼされた御霊なんだろうと、そう思って古事記や日本書紀、風土記なんかを読んでみるとほら、こんなに二重三重の仕掛けがあるんだよと本は教える。

「神として祀る」というのはそういう意味=忌みなのだと思ってみれば、靖国神社に戦死者の霊を封じて、国のトップが(たとえ形式的にでも)祀り続けるというのは、日本的には当たり前のやり方なのかもしれない。非業の死者はそうしないと祟るんだから。

そういえばまた思い出したけど高校の時歴史の先生が「天照大神=卑弥呼」説を教えてくれたっけ。今はそれがけっこうポピュラーな説だと知っているけど、当時はやっぱり驚いた覚えがある。

今回の本では「蛇」がテーマの一つとしてでてくる。そういえば「祀」って言う字もまんま巳だね。蛇を信仰する古代宗教は世界のあちこちにあるらしいと何かで読んだ。世界中の民族がなにかそういう一つの記憶を共有しているのか、それとも人間という種の中にDNAレベルで蛇への恐怖心が植え付けられているのか。

楽しいねえ。
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by tockri | 2006-03-17 12:07 | └ 読書
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